見つめる自分
人間とは何か?
人間には動物的一面と人間的一面がある。
それがゆえに、人間と動物が区分される。
人間の特性として、色々なものが取り上げられている。
例えば、言葉を使う。
道具を使う。
喜怒哀楽が豊かである。
理性がある。
良心がある。
同情心がある。
組織力がある。
精神性が豊かである。
文化の継承がある。
しかし、私は思う。
自己の客観視。
これが特に私が今日、言いたいことである。
演芸で反省猿があるが、実際に反省しているわけではない。
訓練での反省演技である。
自分が自分をよく、見つめなおし、反省する。
そして、向上に結びつける。
これは人間の特性である。
私はこの特性を活用し、自らを高めたいと思う。
反省する行為には見つめられる自分と見つめる自分の双方が存在する。
見つめる自分は理性と情のバランスがとれた存在である。
一方、見つめられる自分は現実の自分であり、動物的な一面と人間的な一面を併せ持つ不完全な存在である。
感情的になる自分はそんな存在である。
自我といわれる自分もそうである。
身体に悪いとわかっていても、タバコを止められない人。
わかっちゃいるけど、やめられない人。
勉強しなければ、知識、能力が向上しないとわかっても、やらない人。
これらの人も見つめる自分と見つめられる自分の並存の例である。
方法論。
見つめる自分に徹すること。
不完全な自分は実際の自分であるが、実際に存在するところの見つめる自分の支配下におくこと。
見つめる自分は主人である。見つめられる自分は下僕である。
主人は主人らしく、ふるまうこと。下僕に主人の座を明け渡してはならない。
だから、主人が計画し、実行を決定したら、下僕は忠実に実行しなければならない。
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