宇宙:永遠の存在

1. 仮説:私達はどこから生まれどこに帰るか

私達は生まれて、意識を持ち、肉体とともに消えて死ぬ。

私は無から生まれ、無に帰り、それでおしまい。

私には前世もなく、来世もない存在。

あるのは地球のある時点に一つの個性、一つの意識を持った存在である。

その他は何もない。霊もない。何もない。 何もないところから生まれ、何もないところに帰る。 人間意識がただ、一時期にあったに過ぎない。

天国も疑獄もない。神も仏もない。 無があるのみ。無から生まれ無に帰る存在。

人生に意味があるとも言えるし、無いとも言える。 どうでも良い世界とも言えるし、そうでもないとも言える。

この世界は動植物を含めて、有限のやがて死ぬ存在にすぎない。

この一瞬を無駄に過ごすか、有意義に過ごすかは人間次第。

神仏が決めることでもない。 どのように生まれ、どのように死ぬのも運命である。

死んでしまえば、原因も結果もない。 すべては無に帰するだけである。

 

2. 仮説への反論:私達は永遠の存在

以上の仮説は正しいのであろうか。 以上のような仮説、虚無思想、無神論に立ったとしても、万物や人類がこの世にいる『実存、すなわち実際にある存在自体』そのものは否定しようもない。

従って、存在自体を否定する虚無思想や無神論は間違っている。

  では、なぜ、万物、万人がこの世に存在しているか。 

それは無から有は存在しないからである。 実は無に見えても、目に見えない元素がもともと存在していて、その組み合わせによって、万物、万人を私達は認識しているからである。

私達は目に見えない元素の組み合わせによって、生を受け、母親から誕生したのである。

そして、死んで無になったように見えても、元の元素に戻っただけである。

では肉体は死んでも、肉体に宿っていた意識はどこに行ったのであろうか。

肉体自体、細胞自体に意識があるとは思えない。 目に見えない心、意識自体も無意識に戻ったと考えられる。 なぜなら、人類は肉体の物質と心、すなわち、意識によって成立しているからである。

私達の本質はロボットのような肉体ではなく、心、すなわち、意識や考えが本質だからである。

私達の意識は存在意識、宇宙意識から生まれ、そして死んで、また存在意識に帰る存在である。 そしてまた、存在意識、宇宙意識から生まれ、それを繰りかえす永遠の存在、もしくは旅人とも言える存在なのである。 その過程で、私達は次の世代で進化向上していく存在とも言えると考える。 そして、その中で、原因と結果の法則などの永遠の真理の下で、生存していると考える。

輝く博愛スターズ

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